11月3日は文化の日である。同時に「サンドウィッチの日」でもある。制定したのはサンドイッチ店の神戸サンド屋で、名前の由来とされる第4代サンドウィッチ伯爵ジョン・モンタギューの誕生日に、「いい(11)サン(3)ド」の語呂合わせを重ねた記念日である。
ところが、この伯爵の誕生日には、11月3日と11月13日という二つの日付が存在する。
なぜ、パンに具を挟んだだけの食べ物が、イギリスの貴族の名前で呼ばれるのか。そして、記念日の土台であるはずの誕生日は、なぜ二つに分かれたのか。
本稿は、サンドイッチに人の名が付いた経緯と、誕生日が二説に分かれた背景を解き明かすレポートである。
第一章:伯爵は「発明者」ではない
まず、誤解を解いておきたい。伯爵は、パンで具を挟む食べ方を発明した人物ではない。

- 挟む食べ方は、伯爵よりはるか昔からある
- 古代ユダヤの賢者ヒレルが、子羊の肉を種なしパンで巻いて食べたという話も伝わる。パンを器や包みに使う発想は、各地の食文化に古くからあった。
- 「サンドイッチ」という言葉の初出は、1762年である
- 歴史家エドワード・ギボンが1762年11月24日の日記に、ロンドンの倶楽部で、王国の名士たちが「サンドイッチ」を夕食に取っていたと書き残した。伯爵の存命中の記録である。
では、なぜ彼の名が付いたのか。当時、海軍大臣などを歴任した伯爵の食べ方が社交界で評判になり、「サンドイッチと同じものを」という注文の仕方が広まった、と説明される。本人が広めたというより、周りが勝手に名付けた形である。
伯爵は、探検家クックの太平洋航海を後押しした政治家でもあった。クックが感謝を込めて名付けた「サンドウィッチ諸島」は、現在のハワイ諸島である。この男の名前は、食べ物にも島にも残った。

「ハワイにもパンにも名前が残るなんて、伯爵ってば名前の付けられ上手だブー! 僕の名前も何かに付かないかなあ。『ブクブーサンド』…うーん、中身が想像つかないブー!」
第二章:「24時間ゲーム」の逸話には、出どころがある
名前の由来として語られる逸話は、あまりにも有名である。ゲームに没頭した伯爵が、席を立たずに食べられるよう、パンに肉を挟ませた。この話には、はっきりした出どころがある。

- 出典は、フランス人グロレの旅行記である
- ピエール=ジャン・グロレが1770年に刊行した『ロンドン』には、「ある大臣が賭博台に24時間没頭し、その間、トーストに牛肉を挟んだものだけで過ごした。この新しい料理は、それを考案した大臣の名で呼ばれた」とある。
- ただし、伯爵の名前は明記されていない
- グロレは「ある大臣」としか書いていない。しかも短期滞在の見聞をまとめた旅行記であり、面白く読ませるための誇張が混じりやすい種類の本である。
- 伝記作家ロジャーは、裏付けがないと指摘する
- 伯爵の伝記を書いた歴史家N・A・M・ロジャーは、この逸話を裏付ける史料はないとする。1760年代の伯爵は多忙な閣僚で、賭博台に24時間座り続ける立場ではなかった、というのである。
ロジャーが代わりに示す実像は、海軍本省の机で仕事をしながら食べていた姿である。好物だったという塩漬け牛肉をパンに挟む食べ方そのものは、たしかに伯爵本人のものだったらしい。
逸話の細部は怪しい。だが、「席を立てないほど忙しい人の食べ方」という芯の部分は、本人の生活から出てきたものと考えられている。
第三章:誕生日が、二つある
ここで、今日の記念日に戻る。「サンドウィッチの日」の根拠の一つは伯爵の誕生日だが、その日付は資料によって食い違う。

- 英語圏の人名事典では、1718年11月13日とされる
- ブリタニカ系の事典など、英語圏の主要な資料はこちらでそろっている。
- 日本の資料では、1718年11月3日とされることが多い
- コトバンクなどの日本の資料はこちらである。英語版ウィキペディアですら、本文と略歴欄で日付が食い違っている。
なぜ10日もずれるのか。当時のイギリスはまだユリウス暦を使っており、大陸諸国のグレゴリオ暦と日付がずれていた、という事情はある。イギリスが暦を改めた1752年には、9月2日の翌日を9月14日として、11日分をまとめて飛ばしたほどである。
ただし、当時のずれは11日とされる。3日と13日の差は10日であり、単純な暦の換算だけでは、この二説の食い違いは説明がつかない。どちらの日付が正しいのか、資料によって扱いが分かれるのが実情である。
それでも記念日は、11月3日で成立した。「いいサンド」の語呂合わせと重なる3日の日付が、日本の「サンドウィッチの日」の根拠になった。アメリカの「ナショナル・サンドイッチ・デー」も11月3日である。記念日とは、厳密な正解よりも、祝いやすい日付が選ばれて定着していくものらしい。

「誕生日が二つあるってことは、ケーキを年2回食べられるってことブー!? …なんて言ったら、真面目な伯爵に怒られちゃうかなブー!」
第四章:サンドイッチ、日本に上陸する
伯爵の名を借りた食べ物は、明治の日本にもやって来た。広がりの起点は、意外にも駅である。

- 1899年、大船軒が「サンドウヰッチ」を発売した
- 東海道線の大船駅で売られた、日本で初めてのサンドイッチ駅弁である。当時、サンドイッチは銀座や神戸の一部の高級洋食店でしか食べられないものだった。
- きっかけは、元総理の黒田清隆の勧めだった
- 外遊で食べたサンドイッチの味を、大船軒の創業者が黒田から聞かされ、駅で売るよう勧められたという。9個入り20銭は、当時としては高価な商品だった。
人気を受けてハムを自家製造するようになり、その部門が後の「鎌倉ハム」へと発展した。伯爵の食べ方は、日本では駅弁から大衆の口に広がっていったのである。
表記にも歴史がある。発売当時は「サンドウヰッチ」。現在の標準表記は「サンドイッチ」で、NHKや新聞はこの形を使う。一方、記念日の名前には「サンドウィッチの日」と、ウィの表記が残っている。さらに日本には3月13日の「サンドイッチデー」もある。3と1と3で「サンドイッチ」と読む語呂合わせの記念日で、こちらは制定者がはっきりしない。
終章:挟まれているのは、具だけではない
結論である。今日、駅やコンビニで何気なく手に取るサンドイッチの名前は、300年前のイギリスの政治家のものである。
伯爵は発明者ではない。賭博の逸話は、出どころの怪しい旅行記から広まった。誕生日に至っては、二つの日付がいまも併存している。それでも名前だけは食べ物に残り、海を越えた日本では記念日まで作られた。
次にサンドイッチを手に取るとき、思い出してほしい。パンに挟まれているのは、具だけではない。逸話と、暦のずれと、語呂合わせの、300年である。



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